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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)12103号 判決

原告 岡庭芳子

右訴訟代理人弁護士 田中紘三

被告 藤巻省一

右訴訟代理人弁護士 岡田錫淵

主文

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を明渡し、かつ、昭和五三年一一月一九日から右明渡済まで一か月一〇万円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決中原告勝訴部分は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を明渡し、かつ、昭和五二年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日まで一か月二万円の割合による金員及び昭和五三年一一月一日から右明渡済まで一か月一〇万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その所有にかかる別紙物件目録記載の家屋(以下「本件家屋」という。)においてスナックバーを経営していたが、昭和五一年一一月一日被告に対し、次の約定のもとに本件家屋を従来のスナックバー営業の内装及び備品付きで賃貸し、これを引渡した。

(一) 期間 昭和五一年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日まで

(二) 賃料 昭和五二年一〇月分までは一か月八万円、同年一一月分以降は一か月一〇万円、毎月末日までに翌月分を前払

(三) 特約 賃借人が本件家屋に損害を与えたときは、故意又は過失の有無を問わず、賃貸人に対し損害を金銭で賠償しなければならない。

2  右賃貸借契約中には、賃貸借更新の際には新家賃の一か月分を更新料とする旨の約定が存したが、前記賃貸借期間の満了に際し被告は所定の更新料を支払わなかったので、右契約にかかる原被告間の賃貸借(以下「本件賃貸借」という。)は昭和五三年一〇月三一日限り期間の満了により終了した。

3  仮に右主張が理由がないとしても、以下に述べるとおり、本件賃貸借は被告の債務不履行により解除された。

(一) 被告は、昭和五二年一一月分以降昭和五三年一〇月分までの賃料を毎月八万円ずつしか支払わなかった。そこで原告は被告に対し、昭和五三年一一月二七日到達の書面及び同年一二月二日到達の書面によって、昭和五二年一一月分から昭和五三年一〇月分まで一か月二万円の割合による賃料不足額合計二四万円の支払を催告するとともに、催告にかかる支払期限(昭和五三年一二月二日到達の書面による催告期限は同年一二月四日)までに右不足額の支払がなされないことを停止条件とする賃貸借契約解除の意思表示をしたが、被告は右催告期限までにその支払をしなかった。

(二) 原告は被告に対し、前記昭和五三年一二月二日到達の書面によって、賃貸借契約に基づき支払うべき賃料その他の金銭を賃貸借契約の条項に従い原告方に持参して支払うよう催告し、かつ、催告期限までに支払がなされないことを停止条件とする賃貸借契約解除の意思表示をしたが、被告は催告期限である同年一二月四日までに前記2記載の更新料並びに昭和五三年一一月分及び同年一二月分の賃料の持参支払をしなかった。

(三) 被告は、昭和五三年一一月二三日午前七時四五分ごろ本件家屋から出火させ、原告所有の家屋内装及び貸与備品を全焼させた。原告がこれによって被った損害の額は五〇〇万円を下らない。原告は、右損害につき前記1・(三)の特約に基づき被告から金銭による賠償を受ける権利を有するとともに、本件家屋の所有者として自らその造作等の復旧工事を行う権利を有しているものである。しかるに被告は、賃借人として負っている契約上及び条理上の義務に違反して、以下に述べるとおり、原告の右権利の行使を妨害し、被告に対する信頼の維持を不可能ならしめるような不信行為をあえてした。

(1) 被告は、右火災後本件家屋内部の復旧工事に着手し、原告から右工事の中止方の申入れを受けたのに、これを無視して内装工事を強行し、原告による復旧工事の施行を妨げた。

(2) 原告は、本件火災による被害状況を点検するため、昭和五三年一二月二日午前一〇時半ごろ本件家屋に臨み、内部に入ろうとしたところ、被告は、用心棒として雇った氏名不詳の男に予め指示を与えて、右用心棒をして原告の立入調査を拒絶させた。

(3) 原告は被告に対し、遅くとも同年一二月二日到達した書面により、前記火災によって原告の被った損害に対する金銭による賠償の要求をしたが、被告は金銭賠償に応じようとする気配すら示さなかった。

そこで、原告は予備的に被告の右(1)ないし(3)の不信行為を理由として、本件訴状により本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

4  以上のとおり、本件賃貸借は期間満了又は解除によって終了したので、本件家屋に対する被告の占有権原は消滅した。しかるに、被告は、その後も本件家屋に対する占有を継続しており、右不法占有により原告に対し一か月一〇万円の割合による賃料相当額の損害を被らせている。

5  よって原告は本訴において被告に対し、所有権に基づいて本件家屋の明渡を求めるとともに、昭和五二年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日まで一か月二万円の割合による賃料不足額合計二四万円及び昭和五三年一一月一日から右明渡済まで一か月一〇万円の割合による金員(本件賃貸借終了の日までの分は賃料、その翌日以降の分は賃料相当額の損害金)の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3(一)  同3・(一)の事実は認める。

(二) 同3・(二)の事実中、原告主張の日にその主張のような内容の書面が被告に到達したことは認めるが、その余は争う。

(三) 同3・(三)の事実中、原告主張の日時に本件家屋に火災が発生し、内部が焼失したことは認めるが、その余は争う。

4  同4の事実中、被告が本件家屋に対する占有を継続して現在に至っていることは認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

1  原被告間において昭和五二年一〇月末ごろ、本件家屋の賃料は本件賃貸借成立当初の約定にかかわらず昭和五二年一一月分以降も一か月八万円のまま据え置く旨の合意が成立した。

2  被告は、昭和五三年一〇月末ごろ同年一一月分の賃料として九万円(被告が同月分以降の適正家賃額と信ずる金額)を原告方に持参したところ、原告からその受領を拒絶されたので、同年一一月分及び一二月分の賃料として毎月九万円をそれぞれ前月末日までに弁済供託した。

3  原告は本件火災後の昭和五三年一一月二六日被告に対し、本件家屋内部の復旧工事を被告側で行うことについて承諾を与えた。したがって、被告が自ら復旧工事を実施したことは、なんら不信行為に当たるものではない。

4  原告が右のように復旧工事を被告側で行うことを承諾したことにより、当事者間において、火災により原告の被った損害については、被告が復旧工事をすることによって原状に回復することを条件として、金銭による賠償請求をしない旨の合意が成立した。その後被告は本件家屋内部の復旧工事を完了し、内部は火災前より立派な店舗となった。そのうえ、営業用備品等に関する損害については、昭和五四年三月ごろ原告は保険会社から火災保険金を受領したので、右火災を理由とする原告の損害賠償請求権は全部消滅したものである。したがって、被告が原告の金銭賠償の請求に応じないことをもって不信行為であるとする原告の主張は、失当である。

5  被告は本件賃貸借契約を締結した際原告に対し、敷金三〇万円を交付した。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3及び4の事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  賃貸借期間満了を理由とする原告の本件賃貸借終了の主張について判断する。

建物の賃貸借契約において、賃貸借を更新する際には借主において更新料を支払う旨の約定がある場合は、右約定は特段の事情のない限り賃貸借を合意更新する場合の更新料の支払約束と解するのが相当である。そして、例外的に右約定が法定更新の場合における更新料の支払約束をも含むものと認められる場合において、賃貸借期間満了の際に借主が右更新料を支払わなかったとしても、かかる事情は賃貸借の法定更新の成立を妨げるものではない。けだし、更新料の支払がないことを理由として借家法二条の法定更新の規定の適用を排除することは、法定更新の成立要件を賃借人に不利益に加重する特約を容認することに帰着し、そのような解釈は借家法六条の法意に照らし到底採ることができないからである。

ところで、本件賃貸借契約において、賃貸借の期間が昭和五一年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日までの二年間と定められていたことは、前述のとおり当事者間に争いがないが、原告が右期間満了前六月ないし一年内に被告に対し更新拒絶の通知をした事実は、これを認めるに足りる証拠がない。もっとも《証拠省略》によると、前記賃貸借期間満了の六か月ほど前に原告が本件賃貸借契約の成立を仲介した不動産業者である訴外みとも開発株式会社に対し、本件賃貸借を更新する意思がない旨を連絡した事実は認められるが、右訴外会社から被告に対し原告の右意向が伝達されたかどうか、伝達されたとすればその時期がいつごろであったかを確認し得る資料がないので、結局、原告が適法な更新拒絶の通知をした事実は認められず、本件賃貸借は前記賃貸借期間満了の際に法定更新されたものといわなければならない。

したがって、原告の前示主張は失当であって、採用することができない。

三  次に、賃料不払を理由とする原告の賃貸借契約解除の主張について審案する。

1  原告主張の請求原因3・(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件賃貸借契約の成立当初の約定では、賃料は昭和五二年一〇月分までは一か月八万円、同年一一月分以降は一か月一〇万円、いずれも毎月末日までに翌月分を前払の約であったことは、前記一に説示するとおり当事者間に争いがないところ、被告は、原被告間において昭和五二年一〇月末ごろ、賃料は前示約定にかかわらず同年一一月分以降も一か月八万円のままに据え置く旨の合意が成立した旨抗弁し、証人藤巻弘の証言中には右抗弁事実に符合する供述部分がある。

3  しかしながら、右供述部分は次の(一)ないし(三)の事実並びに原告本人尋問の結果に照らすと、たやすく信用することができない。

(一)  《証拠省略》によれば、原告から昭和五二年一一月下旬ごろ前記みとも開発株式会社の代表者原幸太郎に対し、一一月分から賃料として一か月一〇万円を支払う約束であるのに、被告が右約束を履行してくれない旨苦情の申入れがあったので、原幸太郎は被告に対し、右約束を履行するよう勧告したところ、被告は、当事者双方で話し合うと答えたこと、しかし、原幸太郎はその後原告又は被告のいずれからも、賃料額を一か月八万円に据え置くこととなった旨の報告を受けていないことが認められる。

(二)  成立に争いのない乙第五号証は、領収証と題する本件賃貸借の賃料受取帳であるが、右受取帳を見ると、昭和五一年一一月分から昭和五二年一〇月分までの賃料については、各月分の欄に領収印のみ施されていて領収金額の記載がない(ただし、管理費は別)のに、昭和五二年一一月分から昭和五三年一〇月分までの賃料については、各月分の欄に領収金額としてわざわざ「8万」と注記されているのであって、このことは、昭和五二年一一月分以降の賃料として毎月支払われた八万円は、その月の賃料の全部についての弁済ではなく、その一部についての弁済の趣旨で授受されたものではないかとの疑念を生じさせるに十分である。

(三)  本件賃貸借については、後に説示するとおり敷金として金三〇万円が被告から原告に差入れられており、一方、前記二において認定したように原告は昭和五三年春ごろには本件賃貸借の期間が満了してもこれを更新する意思を時しなかったことがうかがわれるので、仮に昭和五二年一一月分以降の支払賃料額が毎月二万円ずつ不足していたとしても、昭和五三年一〇月三一日に賃貸借期間が満了するのと同時に本件賃貸借が終了すれば、右不足額は賃貸借終了時に敷金によって弁済を受けることができる関係にある。したがって、原告が一年間にわたり賃料として一か月八万円の支払を受けるのに甘んじており、昭和五三年一一月二七日到達の書面により催告するまでは、被告に対し差額の支払を強く要求した形跡が認められないとしても、右の事実は、原告が昭和五二年一一月分以降の賃料を一か月八万円のまま据え置くことを承諾したことの証左とはならないものというべきである。

4  他に被告主張の前示抗弁事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》を総合すると、被告は昭和五二年一一月七日原告方に同月分の賃料として金八万円しか持参しなかったため、原告が話が違うと抗議したところ、被告は、不景気なので一一月分以降の賃料も八万円に据え置いてもらいたい旨申し入れたこと、原告は提供を受けた右金八万円の受領をいったんは拒絶したものの、賃貸借契約の成立を仲介した訴外みとも開発株式会社と相談して態度を決めることとし、取りあえず賃料の内金の趣旨で右金員を受領したこと、その後被告は右訴外会社の代表者から賃料の支払をかねての約定どおり履行するよう勧告を受けたため、再び原告方を訪れて原告と話し合ったが、その席上、原告が賃料額を一か月九万円まで譲歩してもよい旨提案したのに対し、被告は一か月八万円とすることを固執して譲らなかったため、話合いは物分かれに終ったこと、被告は同年一二月分以降の賃料も毎月八万円ずつしか支払わなかったので、原告は支払を受ける都度一部弁済として受領するとの趣旨を表示する目的で賃料受取帳に領収金額として「8万」と注記したこと、原告は、賃料の不足額は賃貸借期間満了の際に敷金をもって清算する予定であったところ、被告が賃貸借の継続を希望し、期間が満了しても立退かず、賃貸借の法定更新が生じたため、その後間もなく被告に対し右賃料不足分の累計額二四万円の支払を催告するに至ったものであることが認められる。

以上のとおりであるから、被告の前示抗弁は採用することができない。

5  《証拠省略》によると、被告は、賃料不足額二四万円の支払を求める原告の催告に対し、昭和五三年一一月二八日付け内容証明郵便によって、「家賃は昨年一一月に貴殿と話し合った上で月額八万円に合意して本年一〇月分まで支払ったもので、今になって不足分云々との申出は全く理解し得ない。」と回答し、右賃料不足額の支払を拒絶した事実が認められる。右のような不誠実な被告の態度は賃借人として信義に反するものというべく、被告が支払を遅滞した賃料不足額が一か月金二万円の割合による一二か月分合計二四万円であって、原告に差入れている後述の敷金の額を超えないことを考慮にいれても、被告の右賃料不足額の不払には、これを理由として賃貸借契約を解除されてもやむを得ない事由が存するものと認めざるを得ない。

よって、原告がした請求原因3・(一)の停止条件付契約解除の意思表示は、催告期限である昭和五三年一二月四日の経過により有効に解除の効力を生じたものというべきであるから、本件賃貸借契約は前同日限り終了するに至ったものである。

四  そうすると、被告は昭和五三年一二月五日以降本件家屋の占有権原を喪失したことが明らかであるところ、被告がひきつづき現在に至るまで本件家屋を占有している事実は当事者間に争いがないので、被告に対する原告の本訴請求中、所有権に基づいて本件家屋の明渡を求める部分は、正当としてこれを認容すべきである。

五  進んで、賃料及び損害金の支払を求める原告の付帯の請求について判断する。

1  上来の認定・判断の結果によれば、被告は原告に対し、昭和五二年一一月一日から昭和五三年一〇月三一日まで一か月二万円の割合による合計二四万円の賃料不足分、昭和五三年一一月一日から同年一二月四日まで一か月一〇万円の割合による約定賃料及び同年一二月五日から本件家屋明渡済まで一か月一〇万円の割合による賃料相当額の損害金の支払義務を負うこととなるべき筋合である。

2  被告主張の抗弁三・2の事実は当事者間に争いがないけれども、被告が原告に提供し、かつ弁済供託した賃料額は約定賃料額一か月金一〇万円に充たない一か月金九万円の割合による金額であるから、右弁済供託は債務の本旨に従ったものということができず、債務消滅の効果を生ずるによしないものといわなければならない。

3  被告主張の抗弁三・5の事実は原告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

右のように賃貸借につき敷金が授受されている場合には、賃貸借終了の際別段の意思表示を要しないで敷金は当然に賃借人の債務の弁済に充当されるべきものであり、被告が原告に差入れていた敷金三〇万円は、本件賃貸借の終了に伴い、前記1において説示した賃料不足分二四万円及び昭和五三年一一月一日から同年一一月一八日まで一か月一〇万円の割合による一八日間の賃料六万円の各債務に充当され、右の限度で被告の賃料債務は消滅したことになる。

4  原告は、被告は原告に対し本件家屋内部の火災による焼失を原因とする金五〇〇万円以上の損害賠償債務を負担している旨主張するけれども、仮に右主張事実が認められるとしても、右火災発生の日時が昭和五三年一一月二三日であることは当事者間に争いがなく、原告主張の損害賠償債務の履行期よりも昭和五三年一一月分の賃料債務の履行期が先に到来する関係にあるのであるから、右損害賠償債務の存在は前示充当関係についての当裁判所の判断を左右するものではない。

5  そうすると、被告の抗弁は前判示3の限度で理由があり、原告の付帯の請求は、昭和五三年一一月一九日から同年一二月四日まで一か月一〇万円の割合による約定賃料及び同年一二月五日から本件家屋明渡済まで一か月一〇万円の割合による賃料相当額の損害金の支払を求める範囲内では正当であるから、これを認容すべきであるが、右の範囲を超える部分は失当であるから、これを棄却すべきものである。

六  よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤浩武)

〈以下省略〉

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